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手順書を作る人と必要とする人

メモ

はじめに

仕事の話です。

いままで割と若さでカバーしてきたけど衰えていく記憶力と、踏ん張りがきかない精神力のおかげで、初めて記録が紙(電子データでも何でもいいけど)として残らないとキツイなー、って話です。

仕事でメモを取ること

よく教わったことはメモれ、2度と聞くな的なことを言う人がいるらしいですが、僕は昔からナンセンスだと思っていたので、メモらない、1度で覚える努力をしてきました。この方法は教えてくれる相手との対面時の話で、教わっている時はメモらない、覚えるに努める、と言う意味です。その場では、まず記憶に定着させて、あとで何らかの手順なりフォーマット化するとか工夫をするわけです。

こんな努力をするのですがごく稀に記憶に残らないツマラナイことは割り切って聞きます。前教えたと言われても、教え方、説明の仕方が悪いとして相手のせいにします。

教え方による

だいたいよくできた人は、説明するための資料があったりするから、そもそもメモる必要がないわけです。ただオレ様仕様のメモだとわからないから、改めてわたくし様仕様のメモなり手順書なりに書き換えていうということです。

残念な説明者はそんなメモもなく、あっても誰かさま仕様のメモだからきちんと説明できなかったりとするわけです。

老化と手順書作りの必要性

で、タイトルの話に戻します。

僕の仕事では、何かの作業をするときに手順書を書かされます。

セオリーは「誰でもわかる手順書」です。めんどくさがりながらも作れというから、つくります。僕の場合は、冒頭にも述べたように若さを信じてカバーしてきたから、手順書がなくてもできると自分自身を信じているので、めんどうなことこの上なしです。

ただ、最近は自分も衰えてきたし、ずっと一緒に仕事をしてきた回り人も同じように老化が進行しており、年上の人ほど激しくボケ始めていて、去年できたことがだんだんできなくなることに気づきました。

ほぼ老人な僕らが仕事をすると、互いに言ってることがわからない、自分の聞きたいことしか会話しない、余計なことは言わない、耳が聞こえない、行動がトロく、報連相ってなんだっけ。

おまけに老眼で小さい字が読めない。そんな人付き合いを続けたら、いつの間にか、聞いたことメモれ、一回で覚えろと沸々とした気持ちが湧き始めるようになりました。

いかん、また脱線した。タイトルに戻します。

そういうこともあって手順書をつくることって大切だと思うようになってきたわけです。

手順書を作る人と必要とする人

そんな中振り返ると手順書が必要な人は、だいたい自分で手順書が書けない人なんです。何かを教えて手順書を書かしても、まともなモノが出来ないです。それ以前に作って、と言ってようやく作ってくれるけど、オレ様仕様のメモレベル。

逆に手順書を完璧に作れる人は、そもそも自分で作った手順書を必要としません。まぁカンペ作っているうちに覚えちゃった、的な話もあるだろうけど、そんなものです。

そんなことをふと電車の中で気づいて、忘れないようにメモった次第です。

私は手順書が作れないけど、手順書を必要としない稀有な存在です。ただし冒頭で述べたように老化が進行してきたので、もう手順書が必要な仕事はしたくないです。

ただのメモ書きです。